ヘルメスベルガー夫婦

歩くポエマー

 ざくざく、と伸びた草の間へと足を進める。二人の男が小さな田舎町のさらに外れへと向かっていた。

 その片方、小柄でライオンの耳が生えた青年が隣を歩く長身の男へ話しかける。

「いいですか、ディーク団長。俺等は金なし! 人なし! 休みなし! の貧乏組織です。だからこそ即戦力のMKS首席のリレラ・ベーレンスを引き抜きたいんです!」

「はいはい。わかってるよ、ニコラくん。俺が作った組織の財政状態くらい」

 ニコラと呼ばれた青年は呆れたような視線をディークへ向ける。

「ぜっっったいわかってないっスよね。俺等がこのままスカウトに乗り込んだところで勝算はゼロです。そこであんたの出番です。その無駄に整った顔で彼女をオトしてください!」

 ニコラはディークの頭のてっぺんから足の爪先までじろり、と見やる。

 洗濯したての白い軍服に、綺麗についた筋肉、そして端整な顔立ち。にっ、とディーク・ヘルメスベルガーは人好きのする笑顔を浮かべた。

「大丈夫、大丈夫。こちらの熱意を伝えればその子もわかってくれるさ」

 柔らかな声でそう答える彼にニコラはげんなりする。

「……やっぱりわかってねえじゃないっスか」

 本当にうちの組織、財政やべえんだけどな、と独りごちた。

 

 目的の家に着き、ニコラはコンコンとドアを叩く。

 例の彼女──リレラ・ベーレンスはお姉さんと二人暮らしだという。親はなく、二人で力を合わせて生きてきた。たまたま魔法の才能があった彼女をMKSに通わせるため、決して少なくはない入学金を姉は用意したのだろう。

 彼女たちも財政状況は良くない。きっと高給な仕事を求めているはずだ。しかしこちらは薄給でさらに仕事はキツイし危険なことばかり。このスカウトの行方は「人助け」という大義名分とディーク・ヘルメスベルガーの人たらし能力にかかっている。

 ガチャリ、とドアが開いた。

 そこから先、ニコラにはすべてがスローモーションに見えた。

 ドアから勢いよく飛び出した水。獣の反射神経で横へと避難したニコラ。ばしゃん、という大きな水音。勢いよく水をぶっかけられた自分の上司。ぽたぽた、と彼から落ちる水を土が吸っていた。快晴なことが救いだ。わあ、空が綺麗。

 ニコラが思考を放棄しだした頃、きゃんきゃんと女性の声が聞こえてきた。

「うちのリレラちゃんは貴方とは付き合いませんっ!!」

 そこには淡いパープル色で緩やかにカーブした髪を持つ──マリア・ベーレンス──がバケツを持って立っていた。

 マリアの後ろから、慌てたようにリレラが顔を出す。

「ねっ、姉様っ! 人違いしてるって!! この人達はスカウトに来た方達よ!」

「えっ! うそ!? やだっ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

 今拭くもの持ってきます~! とマリアが家の中へと大慌てで戻っていく。

 ニコラはちらり、とディークの様子を横目で確認した。出会い頭に水をぶっかけられたディークは未だ呆然としたままだ。まあ、衝撃的だよな、とニコラは彼に少し同情する。

 が、ディークの一言でそれを後悔する羽目になった。

「マリア殿……可憐だ……」

 そこには水も滴る良い男が恍惚とした表情を浮かべていた。

 

 ──こいつマジか。スカウトしたい子をオトすどころか、その姉に恋しやがった!

afterword

ヘルメスベルガー夫婦が好きです
2022.01.10

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