マーティン誕生日

夢のような

「マティ、誕生日おめでとう」

 今しがた声をかけてきた人物を見ようと、マーティン・ヨハンソンは振り返る。

 それと同時に色々な人に呼び止められる日だな、とも思った。十一月十一日。今日はマーティンの誕生日だった。そういうおめでたい日に、最も騒ぎ出しそうな人物にはまったく遭遇しないのが不思議でならない。日頃から「僕のマティだよ!」と言い張って憚らないのに。

 ここにいない人物より、今、目の前にいる人物にマーティンは集中することにした。

「ありがとう、ピエロ。それにしても今日はえらく賑やかだね」

 廊下の壁に飾り付けてあるガーラントに目をやりながらマーティンは言う。

「人気者の君の誕生日だから。講堂で君の誕生日パーティーをやってる。あとで顔を出して」

 そう言いながら、ピエロはぷかぷかと浮いている色鮮やかな風船を端へと追いやっていた。

 少しばかり違和感を覚える。確かに、例の人物と出会うまでは、講堂での誕生日パーティーは恒例行事だった。けれど、今となってはあの彼がそれを許すだろうか?

「……誰よりも早くお祝いしたがりそうな人の姿を、今日は一回も見ていないのだけど。君、知らない?」

「コーラスのこと? さあ……。でもウザキが『うざいから黙らせてやった』とかなんとか言ってたから、もしかして黙らされたのはコーラスなのかも。よく知らないけど」

 マーティンにはその言葉だけでウザキと彼の間でなにかが合ったことがよくわかる。今回の小競り合いはウザキが勝利したらしいということも。

「ああ、そうだ。ウザキから伝言。『おめでとう。今日は楽しめ』だって」

 うーん。ピエロ、君はもう少しウザキの言うことの裏を考えた方がいいよ。とはいえピエロにとっては、黒色の物もウザキが「白だ」と言えば白色になるのだから仕方がない。

 そんなことは口に出さず、マーティンは講堂とは逆の方向へ歩き出した。

 

 ◇◇◇

 

 例の人物は思ったよりも早く見つかった。

 彼──コーラス・クライフは──学校の中庭で、優雅に氷の彫刻を創っていた。コーラスは彫刻に向き合いながら、マーティンに振り向くことすらせず話し出す。

「ウザキの奴がね、『たまにはマティを一人にしてやれ、譲ってやれ』って。でもマティは僕のものだから、そんなことしてやる筋合いはないって言ったんだけど」

 マーティンはコーラスの華麗な魔法さばきに惚れ惚れした。キラキラと氷の欠片に光が反射する。

「『お前はいつだってあいつを独り占めしてるだろ』だって。確かに! と思ってね。だから君の誕生日だけ、君をみんなにお裾分けしてあげることにした」

「清々しいくらい僕の意思は丸無視だねえ」

 というか、どういう目線からの言葉なのだろう、とマーティンは思った。まあ、別にいいのだけれど。これこそがコーラス・クライフだ。これでも丸くなったのだ、彼は。

 ふわり、とコーラスの銀髪が舞い、煌めいた。彼はマーティンを見つめ、ふふっ、と笑った。

「その代わりに僕は『誕生日じゃない日』を祝ってあげる。毎日ね!」

「……そうなると僕は恋人に誕生日を一生祝ってもらえないことになるんだけど」

 あらら、それは残念、とコーラスが悪びれもせず言う。

 みんなには悪いけれど、この退屈な一日を早く終わらせたい。マーティンはそう思った。

 

 ◇◇◇

 

 十一月十一日。

 コーラスは毎年この日になると思い出す。彼の誕生日を。

「あーあ。ウザキの言葉なんか聞くんじゃなかった」

 彼の杖に手持ち無沙汰に触れる。もう何のぬくもりも残っていない。

 ついつい旧友に文句のひとつも言いたくもなる。本当は、心臓に氷柱を突き立ててやりたいほど腹が立っているのだけれど。

「だって君の誕生日も、誕生日じゃない日も、もう一生こないもの」

 ぽつり、と呟いた言葉は、そのまま落ちて消えていった。

afterword

マーティン誕生日小話
2021.11.11

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